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Pはおそらく、平日の騎乗を2、3日禁じられる程度の処分は覚悟していたはずだ。
イグジビットのコース変更は、一概にジョッキーの罪とはいえなかったが、反則を防ぐために、裁決委員がこうした状況に巻きこまれたジョッキーを短期間だけ出場停止にするのは、決して珍しいことではなかった。
だがタンフォランの裁決委員会がとった措置は、誰ひとり予想だにしないものだった。
おそらく彼らは、競馬というスポーツのイメージを重視するあまり、ついついきつすぎる処分を科してしまったのだろう。
あるいは自分たちに口答えをしてはばからないPに、しっぺ返しをしてやりたかったのかもしれない。
Pはとりわけ高圧的で、ユーモアのかけらもない赤ら顔の裁決委員に″桃色のおいぼれ″というあだ名をつけ、それはあっという間にすべてのジョッキーに広まっていた。
動機がなんであれ、裁決委員会はPをつぶしにかかった。
そのシーズンでもっとも厳しい裁定を下すだけではあきたらず、それ以降タンフォラン競馬場で行われるすべてのレースから締め出し、さらに1937年いっぱいは、カリフォルニアのいかなるトラックでも騎乗を禁じてほしいと監督行政機関である州競馬委員会。
彼らの要請に異議を唱えることはめったになかったに訴えかけたのだ。
この知らせはH厩舎を震憾させた。
シービスケットは3月5日のサンタ戦でウォーアドミラルと対決する予定になっており、ちょうどその準備が本格的に始まったところだったのだ。
最初の前哨戦は12月15日、すなわちPの騎乗停止期間中に行われるサンフランシスコパンデ戦だった。
Hは激高した。
H夫妻にとって、Pはとうの昔に単なる雇い人ではなくなっていたからだ。
Hにとってこのジョッキーは、亡くした息子のFに代わる存在だったのかもしれない。
HもMも、神経質な親のようにPの健康を気遣った。
Mは彼を、″J″という子ども時代の名前で呼んだ。
またHは30近くなっていた彼を、いつまでも″息子″と呼びつづけた。
Pに対する侮辱は、すなわちH夫妻をおとしめることだった。
出場停止に対するHの怒りは、Pとの特別な関係に原因があったわけではなかった。
シービスケットの騎乗は、こまやかな神経を必要とする。
P以外にこの馬を乗りこなせるジョッキーはおらず、Hは、ほかの誰にも不可能だと思っていた。
とくに重要だったのは、彼の知る限り、この馬の特異な身体を、P以上にうまく怪我から守れるジョッキーがいなかったことだ。
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